WEKO3
アイテム
近代京都の伝統産業における図案教育の波及に関する研究—京都高等工芸学校卒業生を中心として
http://hdl.handle.net/10212/2169
http://hdl.handle.net/10212/216945c8203e-cebf-43d3-aa66-0aa149fb6bcb
| 名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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| Item type | 学位論文 / Thesis or Dissertation(1) | |||||||
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| 公開日 | 2015-03-24 | |||||||
| タイトル | ||||||||
| タイトル | 近代京都の伝統産業における図案教育の波及に関する研究—京都高等工芸学校卒業生を中心として | |||||||
| 言語 | ja | |||||||
| 作成者 |
岡, 達也
× 岡, 達也
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| アクセス権 | ||||||||
| アクセス権 | open access | |||||||
| アクセス権URI | http://purl.org/coar/access_right/c_abf2 | |||||||
| 主題 | ||||||||
| 言語 | ja | |||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||
| 主題 | 図案 | |||||||
| 主題 | ||||||||
| 言語 | ja | |||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||
| 主題 | 京都高等工芸学校 | |||||||
| 主題 | ||||||||
| 言語 | ja | |||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||
| 主題 | 水木兵太郎 | |||||||
| 主題 | ||||||||
| 言語 | ja | |||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||
| 主題 | 図案教育 | |||||||
| 主題 | ||||||||
| 言語 | ja | |||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||
| 主題 | 真美会 | |||||||
| 主題 | ||||||||
| 言語 | ja | |||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||
| 主題 | 丸紅商店 | |||||||
| 内容記述 | ||||||||
| 内容記述タイプ | Abstract | |||||||
| 内容記述 | 本論の目的は、京都高等工芸学校図案科で図案教育を受けた人物が卒業後担っていた図案制作における職能について、卒業生の出版物や関係した企業における活動などを事例から検討することであり、それにより、京都高等工芸学校図案科で教育として導入された図案をどのように発展させ、社会へと波及したかを明らかにすることである。これまで、近代日本デザイン史において、京都高等工芸学校図案科の図案教育の重要性が指摘されてきたが、先行研究に見ることができる史学的な側面からの要素をベースにして、具体的な事例の検討にデザイン分析の要素を取り入れることで、実際の成果物としての図案における特徴から事例の検討をおこなった。第1章では、まず、近代京都の図案を取り巻く背景を概観した。それとともに、本論における図案と図案教育について定義し、同時に論文の構成を「導入」「展開」「実践」の3点から示した。第2章では、「図案の導入:教育現場からのアプローチ」とし、図案教育に海外の様式を取り入れておこなったことを図案の「導入」として位置づけた。具体的には、京都高等工芸学校図案科の初期生徒作品の分析をおこなうことで、この「導入」について検討し、これらの生徒作品をモチーフ、色彩、レイアウトなど、グラフィックデザインの側面から分析しすることでその傾向と特徴について明らかにした。それとともに、当時の図案科のカリキュラムと同時期の京都美術工芸学校図案科のカリキュラムと比較することで、京都高等工芸学校初期図案科で指向されていた図案の方向性について考察を加えた。第3章では、「図案の展開:出版活動からのアプローチ」とし、図案科卒業生が出版した図案集を手がかりにして、教育現場だけでなく広く一般に向けて、啓蒙、普及が試みられた図案について考察を加えた。具体的には、以下の2点である。 ・水木兵太郎(1908(明治41)年卒業)『アブストラクトパターン』(1930(昭和5)年に芸艸堂より発行) ・向井寛三郎(1911年(明治44)年卒業)『図案への通路』(1930(昭和5)年に創生社より発行) 京都高等工芸学校図案科での教員という経歴をもつ両名の出版物は、ともに図案制作の方法論を言語化、もしくは、視覚化することで提示しており、この内容が学理の追求という京都高等工芸学校創立の理念と合致することから、これらの分析をおこなうことが適当であると考えた。これらの事例のように、図案教育を受けた人物が卒業後、出版という活動を通して、同時代の海外のデザインを紹介するとともに自らの図案へ取り込みながら、思考を理論化していたような、社会へ伝搬する仲介者としての役割を「展開」として位置づけた。第4章では、「図案の実践:制作現場からのアプローチ」とし、京都高等工芸学校の卒業生が関係した一般企業における活動事例をもとに、生産体系での役割について検討した。具体的な事例として、水木兵太郎が卒業後進んだ、丸紅商店意匠部で1927(昭和2)年から開始された染織美術展覧会と1924(大正13)年に設立され、本野精吾をはじめとして、向井寛三郎、赤澤鉞太郎などが関わった真美会について取り上げた。京都高等工芸学校の創立が実業学校の側面を持つことから、実業側から社会へ向けて発信されていたような、図案教育の実践として位置づけられる事例は、学理の追求としておこなわれていた図案教育の産業界への影響を明らかにするという点で有効であると考えた。第5章では、京都の伝統工芸産業における図案教育の波及について、「導入」「展開」「実践」の側面からの事例に基づいて考察した。工芸品の新たな装飾のシステムとして導入された図案は、生産体系から独立した職能とすべくして教育されていた。教育として図案を取り込んだ図案科の卒業生たちは、同時代のあらゆる要素を取り込みながら、独自のものへと展開させながら、図案集という媒体を通して社会へ伝搬する役目を担っていた。さらに、実際の工芸品の生産現場において、卒業生は図案が独立した職能として機能するために必要となった、指導者でもなく図案制作者でもない、生産体系に関わるあらゆる役割を統括する職能が生じた、現代におけるディレクターといえる職能として、図案を実践していた。このように、図案は装飾としての機能から発展し、考案者の意図を正確に伝えるための手段として教育されたものであったが、実際の生産現場においては、生産体系の連携を果たす役割として、図案制作の技術はもとより、図案を構築するための体系的な思考そのものをもって実践されていたとして結論とした。 | |||||||
| 言語 | ja | |||||||
| 日付 | ||||||||
| 日付 | 2014-03-25 | |||||||
| 日付タイプ | Issued | |||||||
| 言語 | ||||||||
| 言語 | jpn | |||||||
| 資源タイプ | ||||||||
| 資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_db06 | |||||||
| 資源タイプ | doctoral thesis | |||||||
| 学位授与番号 | ||||||||
| 学位授与番号 | 甲第703号 | |||||||
| 学位名 | ||||||||
| 言語 | ja | |||||||
| 学位名 | 博士(学術) | |||||||
| 学位授与年月日 | ||||||||
| 学位授与年月日 | 2014-03-25 | |||||||
| 学位授与機関 | ||||||||
| 学位授与機関識別子Scheme | kakenhi | |||||||
| 学位授与機関識別子 | 14303 | |||||||
| 言語 | ja | |||||||
| 学位授与機関名 | 京都工芸繊維大学 | |||||||