WEKO3
アイテム
ポストメディア時代の映像制作における主体性に関する研究ー東日本大震災における他者をめぐる想像力の生成過程についてー
http://hdl.handle.net/10212/2570
http://hdl.handle.net/10212/25700f484d93-e60b-4bf0-b84b-78630a937cb2
| 名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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| Item type | 学位論文 / Thesis or Dissertation(1) | |||||||||
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| 公開日 | 2022-04-21 | |||||||||
| タイトル | ||||||||||
| タイトル | ポストメディア時代の映像制作における主体性に関する研究ー東日本大震災における他者をめぐる想像力の生成過程についてー | |||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| その他のタイトル | ||||||||||
| その他のタイトル | A Study of Subjectivity of filmmaking in Post-Media Era - on the Production Process of Imagination towards Others in the Great East Japan Earthquake | |||||||||
| 言語 | en | |||||||||
| 作成者 |
青山, 太郎
× 青山, 太郎
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| アクセス権 | ||||||||||
| アクセス権 | open access | |||||||||
| アクセス権URI | http://purl.org/coar/access_right/c_abf2 | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | 映像制作 | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | ポストメディア | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | 主体性 | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | 東日本大震災 | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | 他者 | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | 映像生態系 | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | リサーチング・シネマ | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | ドキュメンタリー | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | 中動態 | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | アーカイブ | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | せんだいメディアテーク | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | ジル・ドゥルーズ | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | フェリックス・ガタリ | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | 酒井耕 | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | 濱口竜介 | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | 鈴尾啓太 | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | 小森はるか | |||||||||
| 主題 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 主題Scheme | Other | |||||||||
| 主題 | アーノウト・ミック | |||||||||
| 内容記述 | ||||||||||
| 内容記述タイプ | Abstract | |||||||||
| 内容記述 | 本研究は、東日本大震災をめぐって特異な映像実践を行ってきた複数組の作り手の表現過程を記述・分析することを通じて、映像制作によって作り手の主体性がどのように変化し、どのような想像力が涵養されるかを論じたものである。 本研究の根底には、高度に発達した情報社会のなかで、私たちは災厄の映像をどれほどアクチュアルに〈見る〉ことができているかという問いがある。つまり、今日のメディア環境の中で〈見る〉という行為は、そのイメージに潜在する無数の未知なる出来事や多様な他者の生を想像することとどれほど密接に結びついているかという問いである。さらには、多くの人々が容易に映像を制作・発信できるようになった近年の情報通信環境は、マスメディアだけが情報提供者であるという特権的構造を解体する一方で、そうした想像力を欠いた視覚の再生産を助長する一面があるように思われる。 とりわけ東日本大震災をめぐる映像メディアの動きはそうした状況を顕在化させるものであったと言える。それは人文学の分野ではしばしば表象不可能性という言葉で議論されてきたが、何かを見ることを志向するあまりに別の何かを見逃し、それが他者の記憶や生を抑圧あるいは否定する表現につながることさえある。しかしその一方で、そうした傾向に抵抗するアプローチとして捉えられる動きも少なからず東日本大震災をめぐっては見られた。その中で、酒井耕・濱口竜介、鈴尾啓太、小森はるかといった映像作家の実践を本研究では取り上げ、彼らの主体性の生成変化とその制作手法がどのように結びついているかを検討した。 第1章では、今日のメディア環境を分析する視座を獲得するため、第二次世界大戦以降に各時代を画期する「新しいメディア」の登場とそれらをめぐる言説の歴史を概観し、さらに、加えてかつて理念として構想された「ポストメディア論」の読解を行った。特にここではマスメディアの隆盛、メディア機器の市民への普及、デジタル・テクノロジーとインターネットの発達の流れを確認することで、今日のメディア環境がどのように形成されてきたかを検討した。その上で、思想家フェリックス・ガタリが「ポストメディア」という概念によって想定した理想的な民主的情報環境のあり方を考察し、そこから「作り手自らの主体性の再編成」の重要性を提示した。 第2章では、戦後の映像史において、探索的に対象を〈見る〉ことを試みてきたさまざまな作り手が「自らの主体性の再編成」を実践するプロセスを検討した。ここではドキュメンタリー映画や民族誌映画だけでなく、記録映像を利用した実験映画やビデオアート作品も取り上げ、それぞれの運動の代表的作家の特異性を考察した。またその上で「不在の対象」を取り扱う映像作品において顕在化する「フィクション性」の概念を検討し、〈作る〉ことと〈見る〉ことの関係を論じた。 第3章では、東日本大震災をめぐって立ち上がったさまざまなアーカイブ・プロジェクトにおいて、どのように〈見る〉ことが作動しているかをまずは批判的に検討した。それらのプロジェクトを支えている工学的視点においては〈見る〉ことの創造性が見落とされてきたと考えられるためである。次に、せんだいメディアテークが展開している「3がつ11にちをわすれないためにセンター」の特異性を記述した。ここでは、同センターが「記録を作ること」そのものを支援するというスタンスをとり、担い手の「分からなさ」に寄り添い、また彼らの「発見」を支援するさまざまな仕組みを作ってきたことを明らかにした。そして、それゆえに多様な映像が創造され、その映像を囲む場が創出され、新しい公共的な学びの連鎖が発生していたということを具体的事例に即して論じた。 第4章では、震災発生から間もない時期にせんだいメディアテーク周辺で活動をしてきた酒井耕と濱口竜介、鈴尾啓太、小森はるかという3組の映像作家の取り組みを検討し、彼らが既存の方法論の上に新たに構築したアプローチを記述・分析した。彼らの手法はそれぞれに特異なものであるが、共通して、震災という表象不可能と思われる出来事をめぐる「未知なるイメージ」を探求し、「自らの主体性の再編成」を実践することで、新しい〈見る〉地平を獲得したのだと考えられた。 第5章ではそうした「主体性の再編成」のプロセスにどのような構造があるかを言語学における中動態概念に照らして考察した。「行う」でも「被る」でもなく「巻き込まれながら為す」というあり方はすでに芸術学においても注目され、中動態として論じられているが、とりわけカメラという特殊な機械を必要とする映像制作においては、ひとつの作品制作において中動的過程と能動・受動的過程とが重なりあう「複眼的中動態」と呼称すべき事態が生じており、それが重層的かつ拡張的に主体性を更新することで「未知なるイメージ」を〈見る〉という現象を創出させていると論じた。 そうしたリサーチやものづくりのアプローチは、〈見る〉力、すなわち未知なる他者への想像力を賦活し、アクチュアリティを失った「この世界への信」を再創造させる可能性を有している。そうした力は専門的な訓練を受けたアーティストやマスメディア関係者の活動だけでなく、より幅広い層の人々による表現や批評、コミュニケーション活動の深化を促し、は多様な他者との共生を可能にする社会のデザインとを架橋する理論の構築に資すると期待される。 | |||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 日付 | ||||||||||
| 日付 | 2020-03-25 | |||||||||
| 日付タイプ | Issued | |||||||||
| 言語 | ||||||||||
| 言語 | jpn | |||||||||
| 資源タイプ | ||||||||||
| 資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_db06 | |||||||||
| 資源タイプ | doctoral thesis | |||||||||
| 学位授与番号 | ||||||||||
| 学位授与番号 | 甲第960号 | |||||||||
| 学位名 | ||||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 学位名 | 博士(学術) | |||||||||
| 学位授与年月日 | ||||||||||
| 学位授与年月日 | 2020-03-25 | |||||||||
| 学位授与機関 | ||||||||||
| 学位授与機関識別子Scheme | kakenhi | |||||||||
| 学位授与機関識別子 | 14303 | |||||||||
| 言語 | ja | |||||||||
| 学位授与機関名 | 京都工芸繊維大学 | |||||||||